終戦を迎えて

 8月15日、この日は日本国民ならば誰もが知るであろう第二次世界大戦の終戦記念日であるとされている日だ。今回は終戦について語ろうと思います。


 このブログを開設して一年が経とうとしている。前々から痛感していたのだが、最近の記事を見ているとこのブログの本来の趣旨を忘れているのではないかと思う。確かに、サブカルチャー的要素が多いブログなだけにそうなってしまうのは仕方がないことだろう。だが、そもそも本来このブログの趣旨とは『アニメ中の倫理を語る』ことであったはず。それを忘れてしまっている自分が情けない(とはいうものの、大学以外では遊びたいという気があるためなかなかそうもいかない)。ゆえに、今回は少しアカデミックに書いてみようかと思った次第である。

 『終戦』。これにいかほどの意味があるのかは当時を知らぬ若者にとっては、文献・証言・遺産から読み取る以外知り得ないものである。故にある歴史家は「真実を知ることは出来ない」と述べた(歴史学を専攻している訳じゃないので稚拙ですし、名前も忘れました)。だが、ある証言人はこう言う。「現に我々は苦しみを受けてきた」と。とするならば、そういった証言がある限り歴史には真実があるとも言える。いや、歴史とは積み重ねるものである訳だから、そこには必ず真実があるはずだ。ところが、世界の歴史を見てみると各国によって歴史観(真実)が異なる。これらはなぜ起こるのか?その答えの一つは解釈によって生まれてくる相違が挙げられよう。各国で行われている歴史教育によってそれらは必然的に変わってくる。または宗教観なども含まれるかもしれない。そして、それらを基にして歴史を見る。さすれば、当然歴史は基になるデータによって変わってくる訳だ。ならば『終戦』の意味も各国によって異なる。だがそれでいいのだろうか?私は疑問に思うのである・・・。

被災地へ赴く・・・

 2011年3月11日、日本中に多大な被害をもたらした東日本大震災。その被害総額は10兆~30兆ともいわれている。時間とは早いもので直に震災から1年を迎える。私も未来を担う一若者である為にこの悲惨な現実を一度見なければならないだろうと感じていた。春休みに入り、お金にも少し余裕が出来た頃合いになったので震災から約1年経ってはいるものの私も被災地の現状をこの目に焼き付けるべく宮城は仙台へ赴いた。

 今回私が向かった被災地は仙台空港周辺である。メディアなどで報道されている場所よりも報道されていない場所へ本来行かなくてはならない事は分かる。しかし、実際のところ被災した殆どの地域では観光客が行ける「足」がなかなか存在しない。しかも私にも十分に時間があるわけではないので(これについては次回旅話として書きます)一番行きやすい仙台空港周辺にした。

 まずは、私が撮ってきた中で心に残った写真を幾つか挙げます。

NEC_0174_convert_20120308231921.jpg
地図中:青マーク
被災地
地図中:グレーマーク
被災地1
地図中:赤マーク
被災地2
地図中:紫マーク
被災地4

 平日という事もあり、ほぼ人はいませんでした。まず、一番上の画像は館腰から歩いて来て初めに目に入ってきた震災ガレキの山です。ここにあったガレキは仮置き場の一部であるものの全体的に全然少ない方でした。20号線を何度も何度もダンプが往来していました。因みに以前家で測った線量計で調べた結果、ここら辺の放射線量は0.10~0.15μシーベルト/時程度でした。

 二番目の画像は金属系のガレキでした。よくよく見ると分かりますが、タイヤがあったりガードレール(ここにはありませんが、自転車なども)、下に見えるのは倉庫ではなく貨車だと思います。一年経っても減らない現状がいかに厳しいのか分かりました。(受け入れに関しては、私の意見は保留です。なぜなら、雇用という面から考察するに果たして他県に任せることが得策なのか、という面を考える必要があるからです)

 3番目からはもう撮る気が失せました。なんだか、とても申し訳ない気がしまして・・・、また被災した家を写真に収めると家主に対し無礼になるでしょう。なので、一番重要でもある「まっさらな平地」は撮っていません。奥の方には家電製品が散乱していました。

 最後はこの写真です。家があったという痕跡だけの土地。ここに何があったのか今になっては分かりません・・・。正直、見ていてとても辛くなりました。

 以上が今回私が見てきた被災地の中で心に残った場所です。最近は受け入れ先がどうだとか、補償がどうだとかがメディアでは話題になっているが、被災地ではまだまだ片付いていない場所が多いです。しかし、逆にメディアでは分からない事も分かりました。それは「壊滅した土地の規模」です。

 この辺の被災の報道をみていると(全国区)仙台空港の深刻な被害ばかりしか報道せず、ほとんどまっさらな状態ではないかと心配していた。しかし、地図的には高速を挟んで西側には目に見える被害をあまり感じられませんでした(現地人ではないので中までは分かりませんが・・・)。あくまで、私が見てきた場所に限りますが。



 最後に、復興も十分感じられた写真があります。それが仙台空港です。
被災地3

 この反対側には何もありませんが、ここだけは回復していたので復興の力を感じました。



 今回私が見て回れたのはホンの一部に過ぎません。もちろん、これがすべてではないだろうし、全部が間違えでもないはず。百聞は一見にしかずとは言われるもののメディアとは絶対に違う。震災された方々には私の行為がどう映っているかは分かりません。しかし、どんなに煙たがられようとも私は被災地に実際に行って良かったと思っています。どれだけ支援すると言っても、実際に現状が分からない限りそれは口先だけの事になってしまうからだ。
 
 私も一若者に過ぎないのだが、若者にはやはりこの被災地の現状は一度でも見ておくべきだと考えます。

 それでは。

「最近の表現に対する倫理」:このカテゴリの紹介

 皆さんは「リア充」という言葉を聞いた事があるだろうか。最近若者がよく使う言葉である。その意味の定義はは実に曖昧であるのだがおそらく、「現実に遊ぶ友人が多い」・「彼氏・彼女がいる」・「非オタク」などの意味使っているのではないか。もしくはオタクの人間が現実の人間に対し「嫉妬」して使っている言葉でもあるだろう。
 何を隠そうこの私自身も所謂「オタク」である。もちろん私自身もこの言葉を使うことはある。「リア充」に限った話ではないのだが俗に言う「ネット流行語」から発した言葉というものは最近よく使われる傾向がある。明確にどこから普及していくのかは定かではないのだが、若者を中心に広がっている事は確かである。

 さて、今回私がこのカテゴリで伝えたいこととは何か。それは先ほどの例でも挙げた「最近の表現(とりわけ若者の表現)に対する倫理」である。近年、若者いや社会全体で物事の考えというものは偏重しているのではないかと私は考える。
 例えば次回から「リア充」で考える「愛」について説明する。「愛」というと一見メルヘンチックな内容と思われてしまうが、ここで語られる「愛」とは世間一般の愛とは違い「哲学的な愛」についての考察である。あらかじめ身分を明かしてしまうが、私は某大学で倫理を専攻している学生である。細かい区分をするなら、古代ギリシア哲学・現代倫理について勉学している。もっとも私は優秀な学生ではない。それ故、私の考える「倫理」はあくまで世間一般的な考察に対する批判にとどまるだろうし、学術的に書こうと思うが私自身未熟な為研究というよりは主観的な主張になってしまうかもしれない。さらに、現代倫理といっても図書館に通い偉大なる学者の論文を毎日目にしている学生でもない。よって大学生としては未熟な内容といわれるであろうがそれでも私は書こうと思う。
  
 
 このカテゴリの注意点を少し書く。

・まずこのカテゴリは学術的な要素で書く。すなわち「本気(ガチ)」で書くというものだ。ネタでも何でもない。

・「閲覧注意」とあらかじめ表示するが、この内容世間一般ではおそらく「鬼畜」とか「イカレ野郎」若しくは「キモい」と表現される。おかしな人間と思ってくれて結構だが私も頑張って皆に理解してもらえるように例を挙げる。よってあまり見もせずに批判されるのでは困る。塾考した結果そうなるのであればいいのであるが、このカテゴリを読んで下さる方々はご自身でぜひこの問題について考えて欲しい所存であります。 

・このカテゴリの内容は私自身の「主観」です。「客観」をもって望んでも必ずしもそうなるとは限りません。よってあまり真に受けないで欲しい。私(私の大学での学科)はともかく社会人はある意味「閉鎖的な思考回路」しか持ってません。おそらく誤解されます。気をつけて下さい。

・最後に、この問題は「考える事」に意味があるのです。結果よりもプロセスです。より多くの人が考えて下さる事を願います。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。未熟ながらも努力いたします。それでは、またこのカテゴリで会いましょう。